29/05/2026
まだ5月だと言うのに夏日、真夏日連発の今日この頃ですね。一方でもう5月!?と言う印象です。
今年の夏を控え、更に気温の記録更新の可能性を考えると私達だけでなく外で現業に携わっている人たちの健康が気がかりです。これは地球上の広い範囲に於ける課題です。4月に「熱中症対策展」に行きましたが、技術が進んでいる一方で何処まで浸透していくかが課題です。過酷な環境下では将来ロボットが人の替わりをするようになるのかも知れませんね、と言うよりなるべきだと思います。
一方で世界情勢は相変わらず混沌としており、ほんの一握りの人達によって世界が振り回されていて予断を許さぬ状況が続いています。今は様子を見るしか有りません。
その影響下で前回、前文でナフサの事を書きましたが興味深いデータが有ったので見て見ましょう。
ナフサに関わる日本企業は52社。そこからナフサ由来の化学物質を作り、更にそれぞれの原料を直接加工する会社や商社・問屋に行きます。それらは凡そ3,700社近い製造会社に必要なものを届ける訳です。
それらが不足しているのが非常に問題となっています。例えば塗料用シンナーは塗装会社が物が無くて困っているとニュースで言われていますが、シンナーの精製については一部入手困難な材料が有る一方で生産状況は前年並みと回答されています。ナフサとは直接関係ないですが、窒素を除去する装置に欠かせない尿素水も不足を言われていますが、前年並みの生産量で推移していると言います。
これらがこの生産状況で不足と言われるのは、買い占めや買い溜めの可能性が有るのかも知れません。
一昨年から始まった令和米騒動が有りました。これは米がどこかで滞留していた模様です。古くは1970年代の2度のオイルショックでは「(儲ける)千載一遇のチャンス」と言った文書が暴かれ、石油や関連製品が滞留していた可能性を示唆していました。
一方で価格が急激に上昇するのは不安定な原油供給状況を見れば仕方ないのかも知れません。価格が下がるのはインフラの復旧も含めて数年掛かると言われています。
そんな中でも光明が有ります。愛知の従業員20人ほどの会社が30年前から手掛けているプラスチック分解装置です。それはあらゆる樹脂を「油化還元装置」により約3時間で油に変えると言うものです。簡単なシクミは樹脂を高温で溶かして気化させ、蒸留させて油を抽出すると言うものです。その抽出油からは重油やガソリンなどを作る事が出来、ナフサも可能だそうです。若し大掛かりな装置が可能であれば廃プラスチック、マイクロプラスチック問題と、海外に頼る石油関連精製油の問題が一石二鳥で片付き、カーボンニュートラルにも貢献するでしょう。一方で2024年からエネオスが二酸化炭素と水素から合成燃料を生成する実証実験をしており、これも期待される素晴らしい技術です。実用化、量産化が待たれます。
今は、生活に降りかかる色んな困難を如何に乗り切るかが私達に問われています。
平野閑話その70をお送りします。時間の有る時にでも御笑読下さい。
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平野閑話●その70伊勢神宮お木曳 2026年5月28日
伊勢神宮は20年に一度、お宮さんを新しくする式年遷宮と言う神事が有ります。次は令和15年で63回目だそうです。単純に63回x20年で1260年にならんとする実に歴史の有るものです。
新しくする御神殿の為に遷宮迄に33の祭典や行事が催されるそうで、木曽の御用林から神職達が見守る中「御用材」が切り出されます。
それらを皆で運ぶ「お木曳(オキヒキ)」と言う行事が有り、過日縁あって参加させて頂きました。
御用材を台車に載せて道や川で地元を始め各地から来られた団体で曳いて伊勢神宮の指定場所に届けます。今から8年先の遷宮ですが、地元や周辺の地区から成る「奉曳団」が様々な準備を重ね、各地からの団体を受け入れ、導き、接待をしてくれました。そのボランティア精神とおもてなし精神には地元愛を感ぜずにはおれません。お木曳にあたっては申し込んだ費用から、専用の法被、鉢巻き、帯が支給されます。
お木曳前日にはその法被を羽織って「二見玉興神社」いわゆる夫婦岩の有るお宮さんに参拝し、身を清めます。これを浜参りと言います。
当日は旅館から白装束を基本として支給された法被一式を纏ってお木曳の場所に向かいます。
200メートルの長さの2本の綱に5~600人が手際よく配置され、偉いお方の挨拶の後、お木曳が始まります。
「エンヤー」の掛け声とともに台車の御用材が伊勢神宮迄ゆっくりと進みます。途中、止まったりもしますが二本の綱の間にいる奉曳団の若い人たちが音頭を唄ったりして場を引き締めてくれます。
伊勢神宮の終点に辿り付くと、グループで外宮に御垣内(ミカキウチ)での参拝を経て一連の神事を終えました。
みんなで現御神殿に御垣内参拝に行きます。その横には令和15年に遷宮されるお宮さんの御遷地の標識が。
20年に一度の非常に貴重な体験をさせて頂きました。感謝です。
以下は別の会で会員さんに配りましたお木曳に関する文面です。ご参考までに。
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<神社のいろは~お木曳~>
前回、第六十三回神宮式年遷宮の諸神事が始まると書きました。今回は、「お木曳」とい
う造営に使われる御用材を宮域内へ運び入れる行事について取り上げてみます。
式年遷宮の制度は1300 年以上前、天武天皇・持統天皇の時代に始まったと考えられてお
り、当時は律令体制下において国家予算によって行われていました。造営についても諸国か
らの「庸(税として課される労役)」が充てられ、当時は「木上げ」と称されていたようで
す。
遷宮の経済基盤は時代により変化してゆきますが、御師(おんし:全国を渡り歩いて神宮
への信仰を広めた神職)の活躍もあり、神宮への信仰は身分を超えて全国に広まります。室
町時代の後半、動乱の時代には120 年ほど式年遷宮が途絶えてしまいますが、その直前とな
る寛正3(1462)年には宇治・山田など神領民の人々が御用材の運搬に「奉仕」したと考え
られる記録が残されています。
その後、お木曳きは神領民の行事として続けられ、式年遷宮が国家管理となった戦前も、
特例として旧神領民の奉仕が許可されていました。「一日神領民」として全国からの奉仕が
叶うようになったのは、戦後・第六十回神宮式年遷宮を迎えてからのことでした。御遷宮は、
今年の御木曳行事の後も、鎮地祭・立柱祭・上棟祭・御白石持行事などと続き、御神体がお
遷りになる遷御は令和15 年10 月、その後各別宮の遷御と続いてゆきます。
ところで、遷宮で生じた古い材木の行く末はどうなるのでしょうか?
内宮・外宮の御正殿の棟持柱(棟の両端を支える柱)は、五十鈴川にかかる宇治橋の鳥居
に再利用され、さらにその鳥居は次の遷宮後に鈴鹿峠ふもとの「関の追分」、桑名の「七里
の渡し」の鳥居として再々使用されるそうです。そのほかの古材についても、前回の遷宮で
は東日本大震災での被災神社復興に充てられるなど、全国各地の神社で社殿の再建などに活
用されます。「SDGs」が提唱され始めたのは近年になってからですが、日本では遠い昔から
こうしたリユース・リサイクルなど循環の仕組みを実践していたと言えますね。
なお、主要な材は⾧野・岐阜にまたがる木曽地域のもののほか、一部は伊勢市の1/4 の
面積を占める宮域林(神宮の管理する森)から供給され、間伐材なども有効活用されていま
す。神事での伐採には三つ緒伐り(みつおぎり)という技術が保持されるなど、二十年毎の
遷宮による継承は、建築分野のみならず林業や伝統工芸分野にも広がっています。