21/09/2024
能はこんなに面白い・その四 「船弁慶」後場
静御前への思慕を振り払い、義経主従は船出していく。
『地謡
えいやえいやと夕汐に。 つれて船をぞ。 出しにける。』
舞台では“イヤ― ヨ―イ”と掛け声とともに、太鼓や大鼓・小鼓をお囃子方が激しく打ち鳴らす。
それを合図に海は荒れ、義経主従の前に怨霊と化した知盛が現れ、主従に襲い掛かる。
知盛は、なんとも無念な形相で瞋恚の焔をたぎらせ、義経を海に引き込もと立ち回る。
その時 ”あわわ ”
船をこいでいたヨシコは目覚めた。
“なんだよ 寝てたのか“クニオは冷ややかにつぶやく。
“いや ちょっと瞑目していただけ”
とあくまで強がる、しかし、明らかに動揺し心が波立っている。
いつもやり込められているクニオは、ここぞとばかりに責め立てる。
“船出の場面は見てないんだね!”とがめる口調で詰問すると。
“見ていました 薄目を開けてみてました!”と否定する。
船を漕いでいたのに、船を漕ぎだす様を見ていない …… 船が漕ぎだしたのに、船を漕いでいない ……
何やら禅問答の趣を呈する事態になってきた。
歯切れの悪い禅問答を繰り返す両者の顔には、仄かにいら立ちが見て取れる。
クニオは大事なことを忘れている、何事も浜を洗う波のごとく「押しては返す」の繰り返しが肝要、心の機微を持てあそぶことが勝利の近道。
しだいに二人の間の空気が張り詰める。
舞台では源平の攻防が、見所(*1)ではヨシコとクニオの攻防が繰り広げられている、今日の船弁慶は見どころが多い。
『地謡
又義経をも海に沈めんと。 夕波に浮かめる長刀取り直し
巴波の紋あたりを払う。 うしほを蹴立て悪風を吹きかけ眼
もくらみ。
心も乱れて。 前後を忘ずる。 ばかりなり。』
その頃、海上では知盛が義経を海に引きずり込もうと、まさに鬼の形相で襲い掛かる。
そうはさせるものかと弁慶は、打物業(*2)では適うまいと、数珠を押しもんで一心不乱に祈る祈る。
知盛と弁慶の攻防はさらに激しさを増し海もあれ狂う、しかし弁慶の法力すさまじく、ついに知盛は退散していく。
“さすが弁慶、身の危険も顧みず、悪霊を退散させたわね“
ヨシコが弁慶の活躍を讃える。
“京の五条の橋の上にて、主従を誓って以来の戦友だからね”
“やはり弁慶の法力をもってすれば、どんな天魔鬼神とて適わないってことかな”
延暦寺・西塔(*3)の傍らに住んだと言われている天下無双の弁慶に思いをはせる。
『地謡 前半略
弁慶船子に力をあわせ。お舟を漕ぎのけ汀に寄すればなほ
怨霊はしたひ来たるを。
追っ払ひ祈りのけ又引く汐にゆられ流れ。
又引く汐にゆられ流れ。
跡しら波とぞ。 なりにける。』
船弁慶もこうして幕を閉じた。
━思い起こせば
平家の滅亡は義経一人によってなされたと言っていいだろう。しかし、船弁慶では義経への怨念が、平氏の激しい焔が、知盛の怒りが思いのほか燃えたぎっていない、知盛に怒りの焔は燃えたぎっていない。
瞋恚の焔を燃やすにしても、知盛の亡霊は品と気高さがあるように思えるのは何故だろう。
我が世の春をいたずらに過ごし、「平氏にあらずんば人にあらず」と驕った平氏の行いに対して、慚愧に耐えない心情が現れて、そうさせるのか。
“さすが平家の御曹司、気高さと品のある亡霊だったね”
しんみりとした口調のクニオ。
“えー そうね”
いつもなら同じ思いを描いていても、先に言われた口惜しさから、天邪鬼な返事になることが多いのに、殊勝にも同意するヨシコ。
壇ノ浦の合戦で味方の裏切りにあい、義経に滅ぼされた不運の将・知盛の心情がヨシコの心に投影したかのようだ。
知盛の心情に、知盛の心情に、心を寄せるばかりなり。
平家の栄華も義経主従の活躍も、うたかたのはかない夢の如く消えていく、無常観の漂う能であった。
━余韻が残るロビー
日は西に傾きつつある、ガラス窓に広がる眼下の相模湾はどこまでも、ただただ青く静かだ。
(*1)観客席
(*2)刀剣、薙刀などで戦うこと。またその技術。
(*3)延暦寺の僧房は、東塔、西塔、横川に分かれて分置されている。
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